『子どもたちと一緒に春休みを作っていくこと』
仕事を持っているお母さんが頭を悩ませることのひとつに、「学校が休みだけれど、自分の仕事は休めない、そのとき子どもをどうするか?」ということがあるかと思います。
親の都合で問題が起こったとき、その問題を使って子供たちと関わっていくという、あるお母さんの話してくれた子どもとのかかわりがとても面白かったので、そのことを書いてもらいました。
さてさて、あなたなら・・・。
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●『子どもたちと、何をどのように使って関わっていくか』と具体的に考えるようになったのは、わりと最近のことだと思います。現在9歳と6歳の息子が、春休み中の私が仕事に出掛けている約7時間という時間を、「自分たちだけで留守番をする」と言い出して、私が「どうしよう?」と考えたことによって、いろいろ見えてきたものがありました。
●2年半前に専業主婦の私が仕事をもったとき、『幼稚園の延長保育に預ける』、『小学校の学童保育に預ける』という状況が生まれました。これまで密着していた子どもとの関係を見直すことになり、自分の中にハッキリとした理由がわからない「不安」や「後ろめたさ」を感じました。私が自分で働くことを決めたにもかかわらず、「今までと同じように、一緒にいてあげられないのは、子どもにとって悪いことではないか?」と思っていました。 このときは、将来子どもたちと離れていくということは意識していなくて、「ただ一緒にいる」ことで、私の目についた子どもの欠けている部分を取り繕い、周りの人の目を気にして「良い母親」としての立場に安心していたかったのだと思います。
●いざ働き始めると、子どもが学童保育を嫌がったり、「お母さんが働くのは反対だ」と言い出したり、私が仕事にかかりきりになってしまったり・・と、絶えず問題が起きました。それでも、私は「子どものために仕事を辞める」ことや「子どもに仕事のことをわかってもらう」ということをせずに、ただ「仕事を続けること」をしてきたのだと思います。自分や相手を変えようとすることで、問題は解決しないことを感じながら、仕事も家庭でのことも思うように出来ない自分に向き合い、そこでの自分と人との関係を考えていくうちに、私が母親として子どもに「・・・してあげる」という関係から、子どもたちに何かを「伝える」という関わりになってきたのかなぁ・・と思います。
●3学期の終わりに、子どもたちに春休みの預け先を(次男は、この4月に小学校に入学したので)『3月は長男が学童、次男は幼稚園、4月から次男学童、長男自宅で留守番』、『春休みいっぱい、二人で幼稚園の休日保育』という選択肢をあげて相談をしました。すると、長男に「考えていたんだけど、子どもだけでずっと家にいるのはだめなの?」と聞かれました。今年に入ってから、私のちょっとした用事のたびに意識的に二人で留守番をしてもらっていたのですが、突然の長男の問いに「どうだろうねぇ・・、どうしたらいいと思う?」と、逆に聞きかえしていました。
●留守番をさせることはその時点で決めていたのですが、具体的に何をすることが必要なのかずっと考えていて、休みが始まる2日前に、「二人でお留守番する話なんだけど、毎日何をするか計画たててみようか。」と提案しました。私が休みの土、日曜日を含めて、1週間ごとの3人の予定をA4の横書きの表にしてみました。私は、仕事以外にも職場の打ち上げで夜出かけたり、週に2日は甥たちを夕方保育園に迎えに行って預かるなどの、留守番を頼む用事がありました。普段やっていても改めて表に書き出したことで、自分のバタバタした生活を「計画」として見直してみるきっかけになりました。
●子どもたちは、それぞれ春休みに東京へ引っ越しをするお友だちにさよならを言いに行く日や、図書館、整骨院(足首の弱い長男の趣味みたいなもの)、次男の音楽教室の発表会、映画、4年前まで住んでいた社宅の人と遊びにいく・・・など書き入れていきました。そして、それをもとに、別の紙に初日1日分のスケジュールを時間に沿って書き入れました。私は、自分が出勤する時間、帰宅時間、食事をどうするか、ということ以外は、なるべく口を挟まないようにしようと思っていました。時間を組み立てていくというのは、大人でも難しいし、柔軟に対応するというのは経験を積んでいくしかないような気がして、「でも、一応書いておくとラクだな。」という程度のことが伝わればいいなぁ・・と、時間的な配分は考えられないスケジュールのままで、初日を迎えました。
●初日は、長男の朝のスイミング(帰りは自分で歩いて帰ってきて、次男はそれまで一人で家にいる)と、整骨院、図書館、スーパーへの買い物、ビデオを見る、ゲーム、お昼を作って食べる、・・などがあったのですが、私が夕方4時過ぎに帰宅すると、口をそろえて「ひまだった。」と言いました。スケジュールの表の内容にとらわれてしまって、それが終わると、何をしていいかがわからなかったようです。「暇になっちゃったら、何かしたいと思わなかった?」と聞くと、「お母さんに電話。」という返事で、電話で私に何をしたら良いか決めて欲しかったようです。このときは一緒に計画を立てても、表を私からの指示のように受け止めていたのだと思いました。それから毎日、その日どうして時間が余ったかとか、何が面白かったかとか、けんかになったのはなぜかとか、家の手伝いの提案など、一緒に話すことを続けました。
●そして、(主に長男に感じるのですが)だんだん時間的な感覚が身についてきた感じの計画をたてるようになり、かつ表にとらわれずに自由に過ごしていると感じるようになりました。「午前中、整骨院が混んでいて遅くなったら、買い物と図書館は、お昼を食べてから行ってもいいことにする。」とか、「お母さんが帰ってこられる時間にあわせてスパゲティをゆでるから、お昼に帰ってこられる?」と誘われたりしました。次男は次男で、長男に合わせながらどのように自分がすごすかということを考えているように感じ、私への報告は「たけちゃん(次男)、どっちでもいいよって言った。」と、長男とぶつからないようにしている様子がうかがえました(それでもけんかは多かったようですが)。
●長男の友だちのお母さんが、二人で留守番しているのを知って気にかけてくれて、たびたび遊びに来るように誘ってくれたときに、以前の私だったら「かわいそうだと思われているのかな」と、自分が母親として欠けている感覚がありました。そのぶん、子どもたちに自分たちだけで過ごすようにがんばって欲しいという思いを押し付けてしまった気がします。でも、今は「どんな状況でも子どもたちがどうするかは、自分たちで決めていくのだろう。」と思っています。
●そう思えるのは、子どもたちと私の関係が、表を一緒に作るという具体的な関わりで見えやすくなって、そのような「枠」を作っていく過程で伝えたいことに自分が関わっている安心感があるからだと思います。そして、そんな関係を大切にしながら、子どもたちに寄り添っていきたいと考えています。
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