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2007年6月

インタビューで教育改革

2001年・学びのアトリエ通信10月号からの抜粋

平井雷太さんと平澤憲一さん(新潟県宮柊二記念館長)の公開対談に参加してきました。進行は毎日新聞社会部の澤圭一郎氏でした。「自分流子育て読本創刊号」に載っていた、平井さんと平澤さんの対談記事が非常に興味深く、もっと知りたいと思っての参加でした。

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●荒れた中学校を二年で変えた。

 平澤さんは元新潟県長岡南中学校の校長で、赴任した当時、不登校の生徒が全校生徒550人中30人いたといいます。
 その中学の学校改革を行い、不登校を2人にまで減らし、同時に地域でも低かった学力レベルさえも高めてしまったという実践の人で、もともと、東大の大学院の教授の佐藤学さんと共に、新潟県の小千谷小学校で、開かれた学校(教育改革のモデル校)作りにもかかわっていました。
 その平澤さんがどのようにして学校を変えていったかという話はとても興味深く、私が日ごろ考えていたことのなかで、答えを見つけだせないでいたことに、一筋の灯りが見えてきたような感じがありました。

●平澤さんの実践

 平澤さんの実践は、一口でいうと生徒一人一人との対話を中心にしているのですが、もっと具体的にいうと、インタビューを実践しているということになります。
 一人一人の生徒の声なき声にまで耳を澄ませ、聴き、尋ねることで、学校に、安心と、生徒自身が自問自答の練習をする場を作っていったのです。
 ひとりの暴力的な生徒(番長)とのやり取りの話は圧巻でした。「叱ることで立ち直るものではない」という担任や生徒指導の教師との共通認識のもと、徹底的に聞くことでかかわり、「今、どんな気持ち?」と聞くインタビューから始まった関係の中で寄り添いつづけ、最後にはその子と、「自分より弱い子には手を出さない」と指切りまでしてしまったといいます。
 そして言います。「何でも言える安心の場は、何でも聞いてくれる人がいることが前提」だと。
●聞くことの意味

 では、なぜそんなに聞くことにこだわるのでしょう?平澤さんはこう言います。
「聞くということには、耳へんの聴くと、尋ねるという二つの意味があると思っています。聴くとは、心を澄まし音楽を聴くように、声にならない声を聴くということ。そして、尋ねるということは、よく聴いていなければできません。聴くと、尋ねるの両方で「聞く」ということになります。
「聞き入れる」ことが存在を認めることになり、とくに、親が子どもの声を聞くということは、親の愛を子どもの心に育むのと同じ事なのです。(何でもかんでも言いなりになるのとは違います)
 そして、子どもは、聞かれることで自分の言葉を構築していくのです。」

●聞くことはもっとも自信のある行為

 「人は(親や教師は)、安心やゆとりがあるときは聞けるものです。しかし、不安なときは、どうしても教えることが先行してしまい、聞くという行為があることすら忘れてしまう。人間関係の中で一番自信のある行為は聞くということ、自信のある人はよく人に問いかける人ではないでしょうか。ですから、聞くためには、伝えたいものがしっかりとあること、必死に伝えたいことがあることがかなり大事な要素であると思います。そして、言葉というものは心にのっかって出てきますから安心のないところで、心からの声を聞くことはできないのです。」

●21世紀型の教育は聞くことが中心に 

 私はこの話を聞いて、21世紀型の教育や、子育て、ひいては、人と人の関わりのモデルを見せられたように思いました。
 聞くことの意味や、重要性を唱える人はたくさんいると思うのですが、その行為を実践の中でどう使っていくかということが、今問われているの
だと思います。聞くという行為の持つ広がりのようなものを感じてワクワクしてしまいました。
 そして、教えない教育ネットワーク会員が主催する講座で必ずおこなうインタビューゲームは、その、聞くという行為を、日常の中に取り入れるためのツールだと改めて考えさせられました。
 ともすれば、情報の量や、有用性だけに価値を求めがちな今の時代、それとは反対に丁寧な情報の伝え方というものがものすごく大事で、「誰に、何が、どう伝わったか?」を意識した情報の伝え方が、聞くということで可能になるのではないかと心の底から思いました。

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反抗期ってなんだろう?

 高一の男の子をもつお母さん 。
  反抗期の子どもとのコミュニケーションが取れないことで少し悩んでいる
 というのですが、ふと、「反抗期」ってなんだろうと考えてしまいました。

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●私は、以前から、「反抗期って本当にあるのかな?」と思っていました。というのは、自分の子育てのなかでこれが反抗期だと感じたことがなかったからです。
 息子が、年齢とともに少しづつ反抗的な態度を取ることはありましたが、しかし、それは、その時々に、自分の意志をうまく表現できずに、つい感情を押さえ切れないという感じで、これが反抗期というものではなかったと思っています。

●「子どもが反抗期で困っている」と言いながら、「子どもの成長過程で反抗期はあるのが当たり前」とか、「反抗期がないことのほうが問題だ」と言う人がいましたが、私にはどうしてもそう思えませんでした。
 子どもの反抗というのは、親と子どもの関わりの中で生まれる、子どもの意志表示のひとつの形でしかないと考えると、反抗という形を取らずとも、聞きあう関係のなかでコミュニケーションを取る方法もあるはずだと思っていました。

●あるとき息子が(確か中三の頃)、反抗的な態度を取り、それに対して私が自分の意見を言ったとき「やっとお父さんに面と向かって反抗できるようになったんだよ。」という言葉が返ってきました。でもそれは、これから反抗するという宣言ではなく、自分の考えをはっきり言えるようになったという「自立宣言」として私は捉えていました。

●そんなことを考えながら、「反抗期から、自立期へ」という言葉が浮かびました。
 子どもが反抗的になったときに「反抗期だから」と考えるとそこで納得しておしまい、あるいは、そのことで悩むということになりそうですが、「自立期」と考えれば、「その子の自立を援助するために親は何ができるだろう」と考えることができます。
 発達心理学者のなかには「自己拡張期」という言葉を使う人もいるという話を聞きました。あるいは、『私なら「脱皮の時期」というふうに考えるかな』という人もいました。
 親や、周囲の大人との関係も含めた、さまざまな体験の中から子どもは一枚一枚殻を脱いでいくように成長していくのだと考えると、当たり前のように使っている「反抗期」という言葉がずいぶん違って聞こえてくるのではと思います。

●このお母さんも「反抗期の子どもとのコミュニケーションをどう取るか?」で悩むのではなく、
「自立期の子どもに何を伝えられるか?」を考えていくと、自分が育つことに関心が向いていくのかなと思ってしまいました。

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『子どもたちと一緒に春休みを作っていくこと』

仕事を持っているお母さんが頭を悩ませることのひとつに、「学校が休みだけれど、自分の仕事は休めない、そのとき子どもをどうするか?」ということがあるかと思います。

親の都合で問題が起こったとき、その問題を使って子供たちと関わっていくという、あるお母さんの話してくれた子どもとのかかわりがとても面白かったので、そのことを書いてもらいました。

さてさて、あなたなら・・・。

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●『子どもたちと、何をどのように使って関わっていくか』と具体的に考えるようになったのは、わりと最近のことだと思います。現在9歳と6歳の息子が、春休み中の私が仕事に出掛けている約7時間という時間を、「自分たちだけで留守番をする」と言い出して、私が「どうしよう?」と考えたことによって、いろいろ見えてきたものがありました。

●2年半前に専業主婦の私が仕事をもったとき、『幼稚園の延長保育に預ける』、『小学校の学童保育に預ける』という状況が生まれました。これまで密着していた子どもとの関係を見直すことになり、自分の中にハッキリとした理由がわからない「不安」や「後ろめたさ」を感じました。私が自分で働くことを決めたにもかかわらず、「今までと同じように、一緒にいてあげられないのは、子どもにとって悪いことではないか?」と思っていました。

このときは、将来子どもたちと離れていくということは意識していなくて、「ただ一緒にいる」ことで、私の目についた子どもの欠けている部分を取り繕い、周りの人の目を気にして「良い母親」としての立場に安心していたかったのだと思います。

●いざ働き始めると、子どもが学童保育を嫌がったり、「お母さんが働くのは反対だ」と言い出したり、私が仕事にかかりきりになってしまったり・・と、絶えず問題が起きました。それでも、私は「子どものために仕事を辞める」ことや「子どもに仕事のことをわかってもらう」ということをせずに、ただ「仕事を続けること」をしてきたのだと思います。自分や相手を変えようとすることで、問題は解決しないことを感じながら、仕事も家庭でのことも思うように出来ない自分に向き合い、そこでの自分と人との関係を考えていくうちに、私が母親として子どもに「・・・してあげる」という関係から、子どもたちに何かを「伝える」という関わりになってきたのかなぁ・・と思います。

●3学期の終わりに、子どもたちに春休みの預け先を(次男は、この4月に小学校に入学したので)『3月は長男が学童、次男は幼稚園、4月から次男学童、長男自宅で留守番』、『春休みいっぱい、二人で幼稚園の休日保育』という選択肢をあげて相談をしました。すると、長男に「考えていたんだけど、子どもだけでずっと家にいるのはだめなの?」と聞かれました。今年に入ってから、私のちょっとした用事のたびに意識的に二人で留守番をしてもらっていたのですが、突然の長男の問いに「どうだろうねぇ・・、どうしたらいいと思う?」と、逆に聞きかえしていました。

●「二人で留守番している。」と言われた瞬間、留守番ができるかどうかは気になりませんでした。パッと頭に浮かんだのは、「春休みは、何日あるのか。」、「子どもたちの予定、やりたいことは何か」、「私がして欲しいことは何か」、「2人で何ができるか」・・・と、子どもたちと3人で計画をたててみたらどうか、ということでした。留守番を希望しているのは子どもたちなので、やりたいことがあってのことかも知れないし、その辺りも聞きながら・・と考えると楽しみになってきました。

●留守番をさせることはその時点で決めていたのですが、具体的に何をすることが必要なのかずっと考えていて、休みが始まる2日前に、「二人でお留守番する話なんだけど、毎日何をするか計画たててみようか。」と提案しました。私が休みの土、日曜日を含めて、1週間ごとの3人の予定をA4の横書きの表にしてみました。私は、仕事以外にも職場の打ち上げで夜出かけたり、週に2日は甥たちを夕方保育園に迎えに行って預かるなどの、留守番を頼む用事がありました。普段やっていても改めて表に書き出したことで、自分のバタバタした生活を「計画」として見直してみるきっかけになりました。

●子どもたちは、それぞれ春休みに東京へ引っ越しをするお友だちにさよならを言いに行く日や、図書館、整骨院(足首の弱い長男の趣味みたいなもの)、次男の音楽教室の発表会、映画、4年前まで住んでいた社宅の人と遊びにいく・・・など書き入れていきました。そして、それをもとに、別の紙に初日1日分のスケジュールを時間に沿って書き入れました。私は、自分が出勤する時間、帰宅時間、食事をどうするか、ということ以外は、なるべく口を挟まないようにしようと思っていました。時間を組み立てていくというのは、大人でも難しいし、柔軟に対応するというのは経験を積んでいくしかないような気がして、「でも、一応書いておくとラクだな。」という程度のことが伝わればいいなぁ・・と、時間的な配分は考えられないスケジュールのままで、初日を迎えました。

●初日は、長男の朝のスイミング(帰りは自分で歩いて帰ってきて、次男はそれまで一人で家にいる)と、整骨院、図書館、スーパーへの買い物、ビデオを見る、ゲーム、お昼を作って食べる、・・などがあったのですが、私が夕方4時過ぎに帰宅すると、口をそろえて「ひまだった。」と言いました。スケジュールの表の内容にとらわれてしまって、それが終わると、何をしていいかがわからなかったようです。「暇になっちゃったら、何かしたいと思わなかった?」と聞くと、「お母さんに電話。」という返事で、電話で私に何をしたら良いか決めて欲しかったようです。このときは一緒に計画を立てても、表を私からの指示のように受け止めていたのだと思いました。それから毎日、その日どうして時間が余ったかとか、何が面白かったかとか、けんかになったのはなぜかとか、家の手伝いの提案など、一緒に話すことを続けました。

●そして、(主に長男に感じるのですが)だんだん時間的な感覚が身についてきた感じの計画をたてるようになり、かつ表にとらわれずに自由に過ごしていると感じるようになりました。「午前中、整骨院が混んでいて遅くなったら、買い物と図書館は、お昼を食べてから行ってもいいことにする。」とか、「お母さんが帰ってこられる時間にあわせてスパゲティをゆでるから、お昼に帰ってこられる?」と誘われたりしました。次男は次男で、長男に合わせながらどのように自分がすごすかということを考えているように感じ、私への報告は「たけちゃん(次男)、どっちでもいいよって言った。」と、長男とぶつからないようにしている様子がうかがえました(それでもけんかは多かったようですが)。

●長男の友だちのお母さんが、二人で留守番しているのを知って気にかけてくれて、たびたび遊びに来るように誘ってくれたときに、以前の私だったら「かわいそうだと思われているのかな」と、自分が母親として欠けている感覚がありました。そのぶん、子どもたちに自分たちだけで過ごすようにがんばって欲しいという思いを押し付けてしまった気がします。でも、今は「どんな状況でも子どもたちがどうするかは、自分たちで決めていくのだろう。」と思っています。

●そう思えるのは、子どもたちと私の関係が、表を一緒に作るという具体的な関わりで見えやすくなって、そのような「枠」を作っていく過程で伝えたいことに自分が関わっている安心感があるからだと思います。そして、そんな関係を大切にしながら、子どもたちに寄り添っていきたいと考えています。

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子どもに聞いて「やらない」という返事が返ってくるのがはっきりしているとき

『長男は小3なんですが、脳性マヒで生まれて、車イスで生活しているため、地元の小学校ではなく、ちょっと離れたところの学校へ通っているんです。今度、妹が小学校に入るにあたって、「地元の小学校にするか、兄と同じ学校がいいか」と本人に選ばせたところ、最初は兄と同じ学校がいいと言っていたので、すべて手続きを終えたところ、幼稚園の卒業式が終わったあたりから、みんなと別れるのが悲しくなったようで、「みんなと同じ学校がいい」と言うようになったんです。兄と同じ学校にいけば、兄のことで起こる問題も引き受けるようになりますから、私は妹だけを兄の問題の外に置きたくないんです。本人の希望を無視することもよくないと思うし、どうしたらいいのでしょう?』

こう聞かれたセルフラーニング研究所所長の平井雷太さんは次のように答えました。

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●『おそらく、ここで起きてしまった問題は、本来はお母さんが決めるべきところをその判断を子どもに任せたところにあると思うのです。どっちの学校に行きたいかを子どもに聞けば、兄と同じ方に行きたいというに違いないと思っていた。そうすれば、お母さんが行かせたのではなく、本人が自分で選んだからになる。だから、娘さんがやっぱり地元の学校がいいと言ったとき、お母さんに動揺が起きた。子どもに聞く前から、お母さんの中にどうさせたいかがはっきりしているなら、子供に選ばせることはしないと思うんです。一見、聞いているように見えても、聞いているふりをしているだけで、本当はそうではないのです。』

●さらに『これは、らくだのプリントについても言えることです。絶対にやらせたいと思っているのだったら、「やるの?やらないの?」という問いは絶対に出してはダメなのです。「お母さんはやって欲しいけど、自分の問題だから、とりあえず、一週間やってみて、どうするか決めたら」。と提案するとか、言う時期を見計らうとか、聞いて「やらない」という返事が返ってくるのがはっきりしているとき、それを聞いたことで不満が残るなら、聞かない方がいいと思うのです』。

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☆私の教室に来ている子のお母さんが、同じようなことをするのに気がつくときがあります。例えば、今まで順調に学習が進んできていたのに、ある日突然壁にぶつかり、自分で選んだ宿題であるにもかかわらず毎日プリントをすることができなくなったとき、そんな子供の姿を見て「そんなにプリントやるのが嫌なら、やめちゃえば!」と言ったところ、その子は、本当に辞めてしまいました。お母さんがあせってもあとの祭りでした。

☆その子にとって、壁を乗り越える一番大切な時期に、学んでいく事をやめてしまう後押しをしているということになります。本当はそうしてもらいたくないことを脅しのつもりで使って、逆手にとられているだけではないでしょうか?

私は、本当にやめてほしいときでさえ「やめたら」と言うタイミングはとても難しいと思っています。子どもが、やめたくないと思っているのに、その一言で可能性の芽を摘むこともあると思うのです。

☆教室で、子どもたちと向き合っていると、「その子にとって今必要なことをどう伝えるか?」ということを、いつも考えていなければなりません。親としても、「自分の子どもにどんな力をつけたいのか?何を伝えたいのか?」をいつも問われているような気がしています。

生徒と先生、親と子という関係を少しはなれて、自分の気持ちが相手に伝わるということがどういうことなのかを考え続けたいと思っています。

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