大学生のお子さんのいるお母さんと、お子さんの将来の話になりました。
「うちの子は、取り立てて得意というものを持っているわけではなく、やりたいことがあるわけでもないので、何か目標を持ってもらいたいのだけれど…」と、そのお母さんは言うのですが、私が、今までそのお母さんに聞いてきたお子さんの様子というのは、勉強も一生懸命、サークル活動なども一生懸命、まさに青春を謳歌しているように感じていたので、なぜそう言うのか不思議でした。
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私が、「何かやりたいことがない、目標がない、でも一生懸命というのはすごくいいですよね。」と言うと、そのお母さんは怪訝な顔をしました。
そこで私はこんな話をしました。「よく学校の先生は、とくに中学生ぐらいになると、目標を持ってがんばれといいますが、私が自分の息子を見ていて感じたのは、子どもが目標を持つというのはそんなに簡単なことじゃないということでした。
今の子は、テレビなどでいろいろな情報は入ってくるけれど、何というか、肌で感じられる情報はほとんどないと思いますし、私の息子も高3の夏頃まで、進路についてはいろいろ悩んでいて、とりあえず、理系のコースは選択していましたが、『理系の大学に行ってこれをやりたいというのがないんだよなー』と言っていました。
地域と学校と家庭だけの狭いエリアの中では、よほど意識していないといろいろな人に会う機会は少ないし、様々な大人の話を聞き自分の将来などをじっくり考える機会などほとんど皆無じゃないですか?だから、私は、そう言う学校の先生がいたら、どうすれば目標を持つことができるんですか?と聞いてみたいものだと思います。
私は、目標を持つことが大事なのではなく、目標が見つかっても見つからなくても、自分が今直面していることに、今という時間に真っ正面から向き合って頑張っているあなたのお子さんは、なんにでもなれる可能性をすでに手に入れているのだと思います。
とりあえず今の課題を乗り越えられない子が、目標を仮に持ったとしてもそれが叶う可能性はほとんどないでしょうし、叶ったとしてもそこ止まりでしょうね。そういう意味では、あなたのお子さんはなんにでもなれる無限の可能性を持っていると思いますよ。」
そんな話をして2,3日後に下野新聞を読んでいたら、船橋情報ビジネス専門学校職員の鳥居徹也さんが書かれている「自立ってなんだ?キャリア教育の現場から」という連載のコラムが目にとまりました。内容は下記の通りです。
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「働く意味なんて、子どもはどうでもいいのでは?」とよく言われます。所得格差が広がったとはいえ、日本は経済大国。本物の貧困は見えにくく、「食べるために働く」では説得力は乏しい。そんな豊かさに慣れた「どうでもいい」子どもだからこそ、働く意味を説く必要があるわけです。
働くのに、今ほど意志が必要な時代もなかったのではないでしょうか?身分制度があり、家業を継ぐのが当然だった社会では、選択の余地がありませんでした。その点、現代は、何でもできる。可能性がある。しかし、何でもできる状況は何にもできないのと表裏です。何かを選ばなければならず迷いが生じます。
自分がどう生きたいのか、やりたいことは何か。こうした「自分探し」に明け暮れ、何をすればいいのか分からなくなる若者が多いと聞きます。でもあるとき私の講演を聞いた生徒の一人が、感想文にこんな悩みを書いてくれました。「自分の個性が見えない、夢がないと言う以前に具体的な努力が続かなくて…」
私はハッとしました。まだまだ未熟な若者が、いきなり個性を見極め、夢を見つけようと力んでも答えなど見つからなくて当然です。遠くを目指すには、まず足元を固めなくては。自分探しの迷路で途方に暮れる子どもたちに、地道な努力を重ねる大切さをうまく伝えられないだろうか。そんな思いで授業に取り入れたのが名付けて「百回、百日ブレークスルー理論」。
努力はコツコツと続ける必要がありますが、その成果は努力に応じて直線的に上がるわけではなく、当初は低調に進み、ある瞬間を境に急加速するもの。その瞬間を「百回、百日」の表現で象徴したのです。絵なら百枚描く。将棋なら百回指す。刑事なら「現場百回」地道な反復練習の大切さを伝えるのに、百という目安は多用されています。そこには、「成果はすぐに出ない。でも努力は裏切らない」というメッセージが込められているのです。 期末テストでも持久走でもいい。目の前の課題に懸命に取り組み、失敗や失望を乗り越えて得た成功や達成感は、他人からは教われない宝物です。その積み重ねの中で個性や夢が育まれ本当にやりたい仕事が見えてくる。そう私は思っています。
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これを読んで、私がこのお母さんに話したことと重なると思いました。このお母さんの娘さんは、目の前の課題に懸命に取り組んでいるのです。そんな彼女が、「自分の夢を育んでいく力」をつけていないはずがないと思うのです。
私が教室で子どもたちに、「まずは一枚のプリントをやること、一日たった五分でもいいから続けることの大切さ」を言い続けるのは、それができないことを責めるのではなく、「それを続けようとする努力が自分を育ててくれる」と、信じているからです。
6月28日の「たんたんカフェ」で何人かの方が、この鳥井さんのコラムを読んでふと思ったことを書いたのでご紹介します。
●Iさん
「辞めたい」と半ベソをかいていた一年前…、長男、(小5)は、今では部活(野球)第一の生活を送っています。地区のお祭りも育成会のイベントも「練習があるから…」「試合だから…」と、すべてキャンセル。上手な後輩にポジションを奪われ、最近はあまり試合に出られないのに。「どうせ○○の方が、運動神経がいいから」と悔しいくせに、自主練はせず…。
コラムの中の「百回百日」は結果を早急に求めすぎる私にも、息子にも耳が痛い言葉です。「努力は裏切らない」ことを、繰り返して伝えていきたいと思いました。
●Yさん
娘(小3)は保母さんになりたいと思っているみたいです。特に私が(親の姿)子どもに接する姿勢で感じたのではなく、自分が保育園時代を通してそう思っているのだと思います。一生懸命保母さんが子どもに接する姿。子どもたちは年長になると働くこと。朝のぞうきんがけ、ほうき、廊下を掃く、犬の散歩、にわとり小屋とお当番があります。小さいときから身につけていくというのは大事なことと感じます。これは保育園なので、家で、それをどういうふうにしていくかということですね。
●Sさん
今でも探し続けているような感じ。子どもたちが自分の手を離れてからの自分が不安。
このSさんが、たんたんカフェに参加しての感想を書いてくれましたので、ご紹介します。
今日はありがとうございました。
子育て中のママが集まると「自分の体験談」をいろいろ聞くことができるので参考になります。子育てをしながら、その苦労におぼれることなく、よりよい生活がしたいという感じを今日は受けました。私は子どもにとって上司のようになりつつあるあるので、命令ばかりしている自分を反省しました。言うことを聞かせたくなるのは一体どうしてなのか、考えなければなりません。失敗したら、そこから何か得るようでありたいのですが、なかなか上手くいきませんねぇ。
また、アロマや中国語の話も、なかなか面白そうで、これからどんな風に展開していくのか楽しみです。そしていつも私は?私はどうなっていくのかなぁ、と思ってしまうのです。努力が足りないのだとわかってはいるのですが…。
次回の「たんたんカフェ」は、7月26日午前10時からです。
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